イルクリー・ムーア事件1987——英国で最も有名な「宇宙人写真」を分解する:日の出8時02分の霧、71日後に逆を向いた方位磁針、催眠で入れ替わった撮影の順番を徹底検証
1987年12月1日、英ヨークシャーの荒野で元警官が撮った「身長1.2メートルの緑の生き物」の写真。コダックは加工なしと認めたが、それは何が写っているかの証明ではない。本記事は撮影時の太陽高度を計算し、日の出直後の霧という条件を示す。さらに71日後に見つかった逆向きの方位磁針、催眠で撮影の順番が入れ替わった証言、1987年の誘拐ブームとの重なりを表で整理し、証拠ごとに何が言えて何が言えないかを検証する。
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はじめに——英国でいちばん有名な「宇宙人の写真」
1987年12月1日の朝、英国ウェスト・ヨークシャーの荒野イルクリー・ムーアで、1枚の写真が撮られた。写っているのは、霧のかかった斜面を歩く、背丈1.2メートルほどの緑がかった人影。腕が異様に長い。
撮影者は、ロンドンから移り住んだ元警察官。仮名で「フィリップ・スペンサー」と呼ばれている。彼は、この生き物を撮ったあと銀色の円盤が飛び去るのを見た、と証言した。さらに後の催眠では、円盤の中に連れ込まれたという「記憶」まで語り始める。
英国国防省でUFO窓口を担当したニック・ポープは、2011年にこの事件を「英国のUFO事件トップ10」に入れた。いまも「英国版の宇宙人写真」として紹介され続けている。
ただ、この事件は写真が1枚しかないうえに、証言・方位磁針・催眠という性質の違う証拠が重なってできている。本記事ではそれを一つずつ分けて、それぞれ何を証明していて、何を証明していないのかを確かめていく。

第1章:証言の骨格——12月1日の朝に起きたこと
最初の証言を、年代順に整理しておく。
スペンサーはこの朝、荒野の向こう側にある村イースト・モートンの義父の家へ歩いて向かっていた。カメラを持っていたのは、朝の光の風景を撮りたかったからだという。霧が出ていたため、方位磁針を頼りに歩いた。
荒野を進むと、約9メートル(30フィート)先に小さな生き物がいた。生き物は手で「あっちへ行け」というしぐさをして、坂を上っていく。スペンサーはあとを追いながら、1枚だけシャッターを切った。尾根を越えると、窪地から銀色の円盤がうなるような音を立てて浮かび上がり、霧の中に消えた。
本人の感覚では、ほんの数分の出来事だった。ところが村に着くと、時計は予想より1時間45分〜2時間ほど進んでいた(資料によって幅がある)。
スペンサーはその日のうちに隣町キースリーでフィルムを現像に出した。そのあと、UFO研究家のジェニー・ランドルズとピーター・ハフに連絡を取る。彼は名前を出さないことを条件にし、写真の著作権をハフに譲った。謝礼は受け取っていない。
第2章:日の出8時02分——写真が撮られた「光」を計算する
この事件で一番大事な物的証拠は写真である。まず、撮影されたときの明るさを計算してみる。
イルクリー(北緯53.9度、西経1.8度)の1987年12月1日について、太陽の位置を計算した結果が次の表だ。
| 項目 | 時刻・数値(グリニッジ標準時) |
|---|---|
| 出発(証言) | 7時15分ごろ |
| 市民薄明の始まり | 7時20分 |
| 日の出 | 8時02分 |
| 遭遇(本人の推定) | 8時15分前後(太陽高度は約2度) |
| この日の太陽の最高高度 | 約14度(11時57分) |
つまりシャッターが切られたのは、日の出から十数分後、霧の中、太陽が地平線から指2本分ほどしか上がっていない時刻だった。冬のヨークシャーで、いちばん暗い部類の「朝」である。
この条件で手持ち撮影をすると、どうなるか。感度400のフィルムを使ったとしても、シャッター速度は1/30秒前後まで落ちるのがふつうだ。動く被写体はぶれ、粒子は粗くなる。写真が「ひどくぼやけている」のは、トリックの証拠でも本物の証拠でもない。撮影条件からそうなるのが当たり前なのである。
第3章:コダックは何を「保証」したのか
写真は複数の専門家に送られた。結果を並べると次のようになる。
| 分析者 | 結論 |
|---|---|
| コダック社研究所(ヘメル・ヘムステッド) | ネガは一度だけ露光されたもので、加工の跡はない。人影は合成ではない |
| 『ブリティッシュ・ジャーナル・オブ・フォトグラフィー』 | 焼き付けを工夫しても、新しい細部は出てこなかった |
| ブルース・マカビー(米海軍の光学物理学者) | 「粒子が粗すぎて、まともな検査ができない」 |
| 野生動物の写真家 | 既知の動物には当てはまらない |
ここで注意したいのは、コダックの結論が「ネガに後から手を加えていない」という意味でしかないことだ。
カメラの前に何が立っていたのかまでは、この検査では分からない。人が着ぐるみを着て立っていても、板に描いた人形を置いても、ネガは同じように「一度だけ露光された本物」になる。
マカビーは「この事件が決定的な証拠になると大いに期待していた。残念ながら、条件がそれを許さない」と書いた。肯定派が引用する専門家の言葉ですら、実際には「判定できない」と言っているのである。
第4章:71日後に見つかった「逆向きの磁針」
この事件には、写真のほかにもう一つ物的証拠がある。方位磁針だ。
スペンサーは1988年2月10日、ハフに「磁針の北と南が逆になっている」と知らせた。事件から71日後のことである。
ハフはこれをマンチェスター大学科学技術研究所(UMIST)の電気工学科に持ち込んだ。担当者の見解は次のとおりだ。
- 磁針の極を逆にするには、約0.1テスラの強い磁場が必要
- これは地球の磁場の約2,000倍にあたる
- ただし、パルス磁場を使う方法や、コイルを家庭用電源につなぐ方法で、ふつうの家やガレージでも再現できる
つまり、「UFOの強い磁場で逆になった」という説明はありうる。けれども、71日間のどこかで別の原因で逆になった可能性も同じくらいありうる。そもそも、事件の朝に磁針が正しく北を指していたことを確かめた人はいない。スペンサー本人がその磁針を頼りに荒野を歩けたこと自体が、少なくとも往路では正常だったことを示している。
現場の放射線検査では何も検出されなかった。磁針は、事件と結びつける記録の空白が長すぎる証拠なのである。
第5章:催眠で書き換わった「撮影の順番」
1988年3月16日、事件から106日後に、臨床心理士ジム・シングルトンによる退行催眠が行われた。記者が3台のテープレコーダーで記録している。
催眠下のスペンサーは、最初の証言にはなかった場面を次々と語った。
- 生き物を見た瞬間に体が動かなくなり、約60センチ浮き上がって円盤の中へ運ばれた
- 蛍光灯のような光が体をなで、温かさを感じた
- 生き物は耳がとがり、鼻がなく、ソーセージのような指が3本あった
- 2本の映像を見せられた。1本は核爆発・飢饉・洪水の場面。もう1本は「話してはいけない」
ここで見落とせない変化がある。最初の証言では、写真は「逃げる生き物を追いながら」撮ったものだった。ところが催眠下では、写真は連れ去られて解放された「あと」に撮ったことになった。
物的証拠であるはずの写真が、催眠で物語の中の位置を変えたのだ。もし最初の証言が正しければ、写真は誘拐の前の数秒をとらえている。催眠の話が正しければ、最初の証言は記憶違いだったことになる。どちらにしても、二つの証言は同時には成り立たない。
シングルトンは「彼は自分の知るかぎりの真実を語っている」と評価した。これは嘘をついていないという意味であり、語った内容が実際に起きたという意味ではない。
第6章:1987年の英国という「背景」
催眠の中身を、当時の文化と並べてみる。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 1980年11月 | 同じウェスト・ヨークシャーのトッドモーデンで、警官アラン・ゴドフリーが誘拐を「催眠で思い出す」 |
| 1987年2月 | ホイットリー・ストリーバー『コミュニオン』刊行、ベストセラーに |
| 1987年 | バッド・ホプキンス『イントルーダーズ』刊行 |
| 1987年12月1日 | イルクリー・ムーア事件 |
| 1988年3月16日 | 退行催眠で誘拐の「記憶」が現れる |
光で体を調べられる、地球の破滅の映像を見せられる——どちらも1980年代の誘拐体験談によく出てくる要素だ。核戦争や環境破壊への不安が強かった時代の空気とも重なる。
もちろん、話が流行と似ていることは、作り話の証拠にはならない。ただ、催眠で出てきた細部を、独立した証拠として数えることはできない。当サイトで取り上げたアラガッシュ誘拐事件やヒル夫妻事件と同じ問題である。
第7章:「ジェファーソン」と「デイヴィス」
調査開始から約6週間後、英空軍情報部を名乗る2人の男がスペンサーの家を訪れ、写真を渡すよう求めたという。名前は「ジェファーソン」と「デイヴィス」。写真はすでにハフの手元にあったため、男たちは手ぶらで帰った。ハフが空軍に問い合わせると、そんな職員はいないという答えだった。
この話は「メン・イン・ブラック」の実例として語られる。だが、2人の名前を並べると「ジェファーソン・デイヴィス」——南北戦争の南部連合大統領の名前になる。偶然かもしれないし、誰かの悪ふざけかもしれない。少なくとも、検証できる記録は残っていない。
なお、ある新聞は「正体は青いアノラックを着て自転車に乗った保険外交員」と報じた。しかしこれは記者仲間の冗談がそのまま載ったもので、こちらも根拠はない。肯定側にも否定側にも、検証されていない話が混ざっている。
結論——「本物のネガ」と「本物の宇宙人」は別の問題
ここまでの検証をまとめる。
1. 写真は、ネガが加工されていないことまでは確認された。しかし何が写っているかは、粒子が粗く判定できない
2. 撮影条件(日の出直後・霧・手持ち)は、写真がぼやけていることを自然に説明する
3. 方位磁針は、異常が見つかるまで71日の空白があり、事件との結びつきを示せない
4. 催眠で写真を撮った順番が入れ替わり、最初の証言と食い違った
5. 黒服の男も保険外交員説も、記録で裏付けられていない
ランドルズは13年後、「慎重になるべき点はいくつかあるが、全体としてこの事件は崩れていない」と書いた。それは事実である。ただ、崩れていないことと、証明されたことは違う。
編集部の見立てでは、この事件の核心は円盤ではなく「1枚の写真が、そのあとに加わった証言をすべて支えてしまう構造」にある。写真が本物のネガだったからこそ、磁針も催眠も黒服の男も「本物の事件の一部」として信じられやすくなった。
それでも、元警官が一銭も受け取らず、名前も出さず、40年近く話を変えていないことは重い。霧の荒野で彼が何かを見たこと自体を、否定する材料もまたない。答えは今も、あの粗い粒子の中に閉じ込められたままだ。
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